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歯がゆい学級崩壊 その3

歯がゆい学級崩壊 その2 のつづき


この児たちは5年生でした。
一度転がりはじめた大岩は、
勢いをつけて一気に落ちていきます。


「また、あの児たちよ。
 トイレでお菓子食べていたんだって。」


「授業中に3階の窓から、
 紙飛行機とばしていたから
 教頭先生にこっぴどく怒られたらしいよ。」


「あんまりうるさいから隣の○○先生が、
 説教しにいったのに、誰1人きかなかったらしじゃん。」


そんな噂話が、職員室のあちこちで囁かれました。


体育の授業の終わり頃、ふいに
当該学級の女児4人が体育館に入ってきて、
バスケットボールのシュート練習をはじめました。


そのときは、まだわたしの学級の児たちは、
クラス全体で体育の時間の反省をしていたときです。
あまりのマナーの悪さに、


「今授業中だ!次のクラスは
 終わってから入るのは当然のことだ!」
と言うと、


バンッ


とボールを叩きつけ、
扉を思いっきり閉めて出て行きました。
あったまにきたので、おっかけていきました。
平時超温厚なわたしにして、


「てめぇら、調子こいてんじゃねぇ。あやまりやがれ」


とどやしたて、意味不明なキレかたで押し通したあげく、
「意味ねぇー」と思いながらも、あやまらせました。
(本当は土下座させたかった。)


このように、非常識(お、おれも?)な素行が
学級内におさまりきれずに、
多くの人が目にすることになってきました。
極めつけが、卒業証書授与式です。


卒業生のすぐ後ろに控えた、
この5年生の児たちは、ことあるごとにそわそわして、


聞こえはしないのですが、コソコソ、ヒソヒソと
話し出しました。


仕舞いには、1人が立ち上がると、
つられたかのように、5~6人立ち上がって
堂々と会場を後にしました。


どうもトイレに行っていたようで、
数分後には、ニヤニヤ笑いながら
会場に戻ってきたのです。


別に法に触れている訳じゃないのですが
おかげで、緊張感のかけらもない式に
なってしまったのです。


このような話を聞くと、ふと疑問に思いませんか?


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「なぜ他の先生は知らんふりしている。」


それは、結局、教員は孤独な存在だからなのです。


ひとつの学年に4つの学級がある5年生です。
しかし、
自分の学級を放っておいてまで、
他の学級の面倒をみることはかないません。
小学校の教員は、1日中、1人で授業をしているのです。


つまり、周りができることは、事後の報告を聞くことと、
無責任に、次の日のアドバイスを伝えることだけです。


ここで資質が問われるのが、学校の管理職です。


有能な教頭は、そんな様子に敏感です。
自分の雑務は放っておいて後回しにしてでも、
学級に入り、サポートをします。


反対に、目線が上を向き、自分の仕事に手がいっぱいの人は、
担任や学年主任に相談を持ちかけられても


「君の指導が悪い。
 もっと厳しく注意しないからだ。」


と本人が言われても反論できないことで罵り、
問題をひた隠しにしようとして終わります。
担任は、泣きっ面に蜂状態。


同僚の我々も難しいポジションにあります。
担任の頭を通り越して、指導をすることは、
担任の存在を否定することになってしまいます。


たまたま見かけた素行の悪さは、注意こそします。
しかし、クラスの中の出来事について、
わざわざわたしなどが、出向いていって
とやかく口出しをする立場にはないのです。


まぁ、普通の校長・教頭ならば
授業の成立が困難だと判断したら


上述のように自分たちが率先してクラスに入り、
他の授業のない職員を交代でサポートさせるぐらいの
裁量をとることができます。


しかし、そこまでやってくれる人って、今どれくらい
いるのでしょうか。
また、あくまでも可能な協力体制は、
「一時的な補助」だけなのです。
授業の成立は、自分がやらないといけないことなのです。


 


マジメな人ほど、自分に責任があると思いこむのか、
恥ずかしくて言えないのか知りませんが、
1人で問題を抱えこむ傾向にあるようです。


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※しかたなく途中に学級崩壊という言葉が使われることもありますが、この言葉は、やはりなじめません。


※この担任をやり玉にあげるための記事ではありません。年下ながらも人間的には模範に足るものとして仰ぎ見ております。


※予告しておきますが、わたしの実践の詳細を書くと、個人が特定されます。よって、一番肝心な部分は、書くことができましぇん。

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痛い先生 | 2007-03-26(Mon) 22:27:05 | トラックバック:(0) | コメント:(3)
コメント
あ、そういうことだったのか。
今まであちこちでいろいろ書かれたのを読んできましたが、もうひとつピンとこなかったんですよね。
やっと自分なりに納得いく説明にめぐり合いました。感謝。理解はできてないかもしれんけど(笑)
2007-03-26 月  23:22:46 |  URL | シーサー #gJtHMeAM [編集]
こんにちは。
中学校でも「学級崩壊」というのは
現実としてあるのですが
それでも中学校は「教科担任制」でいろんな先生が生徒に関わることができるし、「学年部」としての横のつながりも強いため、他の教師が危機的なクラスに介入しやすい一面はあります。
とはいえそういうクラスのフォローはやっぱり大変でなのですが。
しかし、いろんな問題を教師一人でかかえる小学校の学級崩壊の方が深刻な気がします。この記事を読んで特にそう思いました。
テレビで「小学校でも教科担任制を」という意見を聞いたことがありますが
やはりそのような理由からですかね。
2007-03-27 火  12:16:42 |  URL | ママレモン #- [編集]
というか、
荒れる原因の大半は担任にあるようです。
しかし、やってもやってもどうにもならなくってドツボにはまってしまう人もいるのどす。
 
とはいってもですね、
バブルの崩壊時に
「まさか株がこんなに下がるなんて」
と、急な変化について行けなかった人が、損切りもできずに破産したのと同じようなものだと思います。
 結局は、「子どもとは」「授業とは」と自分の常識や思いこみに囚われているのではないでしょうか。

相場のように
「或程度の予測はできても、実際には、どのように動くかは分からない」

子どもたちの変化や、その要因になる生育歴や社会情勢を考慮しなかったがために、ついていけなくなっているのかと思われます。
自分の学級がおかしくなっていることに気づきながらも、
「いつかは(値が)上がるだろう」
と含み損を抱えて、塩漬けする人たちのように楽観視しているのが間違いじゃないかと。期待通りには相場が動かないように、子どももまた然り。黙っていてら、己の悪さに、いつまでも気づくもんじゃない。
勝率にこだわってマイナスがでることをおそれる下手のごとく、ちょっとうまくいっては大損するのは、為替でも株でも、子どもの指導でも似たような者で、
「切るときは、切る。」
損をするのも、失敗をするのも、嫌な思いをさせるのも当たり前のこと。
最終的に大もうけができるようなシステムや約束事を自分の中に作れない人は、いつまでたっても、為替も株も、学校の指導も下手じゃないか。
あっ、なんか外為のとこに書こうとしたこととごちゃ混ぜになってるぞ
2007-03-27 火  19:55:03 |  URL | ボンバー(握屁) #- [編集]
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