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わたしを導いてくれた先生たち その1

  中学生の頃、どうしても国語担当の人の授業を受け入れることができませんでした。文芸作品での人物の心情の読み取りが、納得できなかったからです。また、何か気にくわないことがあると、チョークを寝せて持ち、ゴシック体風の文字で大きく「心」と書いては、観念的で難解な説教を唱える数学の爺さんも苦手でした。その爺さんときたら、修学旅行のオリエンテーションで、


「旅行先でぇ、他校の生徒とぉ、トラを起こさないようにぃ」


と言うものだから、可笑しくって笑いながら




「先生、旅行だからトラベルしてもいいんじゃないですか?」


と、集団の誰かが、ちょっとお洒落に場を和ませてると、馬鹿にされたと思ったらしく、特製のムチを2~3発おみまいしていました。暴力団の報復行為と体罰は何ら違いはありません。




  英語担当など、同じ人間とは思えない人で、どうしても「6」の発音と「性別や性行為そのものを表す英語」の発音が同じに聞こえます。学校帰りに小料理屋に直行し、明け方には、その店から学校へ向かっていた人です。怒ると、いつも黒板にひびをいれていました。はやくだれかに刺し殺されないかなぁって心待ちにしていたのですが、その順番は回ってこなかったようです。



  また、次の年の英語を教えていた人は、依怙贔屓をする人でした。なんたることか、わたしを依怙贔屓するのです。同じことをしても一人だけ叱られない人のばつの悪さを教えてくれました。感謝しています。




そんな中、すごく分かりやすく数学を教えてくださった先生が一人いました。


 担任だったのですが、


なぜか自分のクラスだけ数学を教える技術の先生でした。


 これが、いい。


何がいいかというと、


 まず、黒板の文字がまるでタイプライターのような文字なのです。いつもほれぼれしていました。そして、関数のグラフなどは、あたかも印刷されたもののようでした。


 そんな美しい文字列は、そのまま脳裏に焼き付くのです。その先生の数学の授業以上に素晴らしい板書をみたことがありません。技術の製図や板書が全く印象にないのが不思議ですが。


  
  板書の文字やレイアウトの美しさに見とれて頭に残る。


それを、まねしようとして丁寧にメモをとる。


そして、結果的に知識として蓄積される。


 この一連の流れが、「とりあえず、少しはこだわってノートに書くかぁ」という自分の中学校の学習スタイルを位置づけたのかもしれません。大半の生徒が、塾にもいかず、家庭学習などもせずに過ごした地域だし、そういう時代でした。


 教員にしかなれなかったろくでなしや半端者の大人に囲まれ、やる気を無くすような言葉や嫌がらせとしか思えないような扱いに耐え、良心のない道徳心を植え付けられた生活でした。さらには、品行方正、奉仕の精神、規則遵守、不撓不屈、愛国心、エスパー並みの読心術など、まず誰一人到達できない(唱える人とは正反対の)聖人の域を目指すことを強いるのです。カリスマに騙されたカルト教団並に不毛な群衆です。


 それでも、半ば逃避行動のような書く楽しさや学校では少しは勉強しようとする意識教えてくれた先生がいたから、たいした努力もせずに、そこそこの成績で高校に合格したんだろうと思います。
 
  もし、その先生との出会いがなかったら、「心」の先生の授業しか受けなかったら、もう少し違った自分がいて、違う高校に通っていたかもしれません。「心」「心」「トラベル」と帳面にサインペンで書く練習ばかりしていたことでしょう。あとは、社会と音楽の教科書の写真に落書きをするぐらいかな。


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思い出話 | 2007-03-07(Wed) 21:48:50 | トラックバック:(0) | コメント:(0)
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