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ロータス エスプリによせて

エスプリ


 映画007 わたしを愛したスパイに登場するロータスエスプリは衝撃でした。海中まで一直線に走ったかと思うと潜水艦に変身するのです。合体ロボットのギミックを夢見て育ったものですから、予告映像に心を奪われ、思わず映画館まで観にいきました。


 ところで、エスプリの現車ですが、当然潜水艦には変身しません。でもこの車って、わたしの知る限りでは、元来ライトウェイトスポーツのはずです。しかし、いつの間にか、ゴテゴテしたボディをもらって、スーパーカーの仲間として紹介されるようになっているんですね。そこら辺の事情は知りませんが、時代の要請というか、流れなんでしょうね。


 わたしが、小学校の頃、体育の授業と言えば、「鍛える」「頑張る」のオンパレードでした。通っていた学校は、どうも体育の研究校だったようで、ことある毎に走らされ、何事にも特訓をされていたのを思い出します。サッカーの授業と言えば、準備体操の列の位置からはじまり、次の練習場所までの駆け足、ボールの拾い方まで細々と注文をつけられる毎日でした。とにかく、練習です。ゲームなんかしません。パス、ジグザグにドリブル、シュート。そうとうな時間数、同じ活動を繰り返しました。できない奴は昼休みに特訓されていました。


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ある日の体育の時間、見知らぬ大人が大勢運動場にいます。気にはしながらも、いつものようにサッカーの授業です。いつも通りの体操からはじまり、いつも通りのパス、ドリブル…とつづきます。先生も、いつもと同じ指示をだしていました。後から考えてみると、研究発表会だったんですね。そして、わたしたちがそれまでに受けていた体育の授業はと言うと


「練習のための、練習」


でした。当時は、いかに運動の技能を高めるか、そのための手だては何か、というのが体育のねらいの主流であることが、自分の体験からよく分かります。


その約10年後、わたしが小学校の教員に採用された頃、時代はすっかりかわっていました。


楽しい体育。「楽しい」と思える活動を!


一人一人の技能に応じて。一人一人の個人ののびが大切。技能習得を無理強いしない!


我慢は楽しくないから~!できなくてもいいよ~頑張れば~


(違っていたらすみません)わたしには、勤めだした学校の体育のねらいがそう聞こえたのです。
そして、年度末にこういった楽しい体育の研究発表が開催したのです。当時の先生方はといえば、鍛える体育を実践してきた人ばかりです。観ていて相当腹立たしかったようで、質問、質問、意見、意見と批判の嵐でした。


「こんなものは、体育じゃない。」


とまで言われました。波乱の研究会は終わったのですが、帰りがけにそうとう年配の先生が、近寄ってきてぼそっと言われました。


「戦後すぐはね、こんな体育がはやったんだよ。自分たちで考えさせるってのが。それでね、わたしもやってたのだよ。しばらくの間。でもね、すぐにそれじゃいかん!ってことになって、鍛えろ!鍛えろにかわっったのだよ。わたしは、こっちが好きだがね」


この人が言っていることの真偽はわかりません。しかし、小学校の教育方針って、時代の余生と言うよりも、いろんな思惑が重なり合っていつも揺れていますよね。ちょうど、振り子のようです。


いろいろしがらみがあるのでしょうが、言われたことに素直に従うのが職務ならば、言うことをころころかえられたら大変ですね。あんまりいい加減だと反抗しようかと。


ロータスエスプリの絵を描いていたら、そんなどうでもいいことを考えてしまいました。

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教職員の服務規程 | 2007-02-19(Mon) 01:38:42 | トラックバック:(0) | コメント:(0)
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