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発達障害児童。ひとつの勘違い

 。障害の度合いにもよりますが、今のほとんどの小学校は力不足です。医師や専門家が唱える指導の工夫は、担任一人では実践できません。そうなると、勘違いを貫き通し、好きに遊ばせておいて、何事もなく一日一日が過ぎ去るのを待つしかないのです。


 社会性を学ぶ場面では腫れ物扱いをされる。ほとんどの場合学習障害を併発しているのに専門の教育は受けられない。それでも、普通学級だけにいつづけることで最近ADHD児たちへの特別支援のありかたとして、普通学級に在籍しながら、教科や調子によって個別学習をする形態がみられるようになってきました。もっともな方法です。ただ、そういった学校は恵まれていて、予算の関係で特別支援ができない学校がまだまだ多いのです。たった一人の子どものために、年間数百万円の人件費は割けないのは当然のことです。


 単なる愛すべきADHDならまだしも、反抗挑戦性障害、行為障害と診断されてしまうと、その指導は専門性が必要になります。ちょっとした研修を積んだところで、個別の対応などまずできないし、担任のみる目がかわってしまいます。


「少しぐらいの離席は大目に見よう。」


「この子が、罵声を浴びせるのはしかたがない。」


「言っても理解できないから。」


と自分に言い聞かせて、にこにこ笑いかけ、優しく


「ほら、だめだよ~」


て感じになってしまいます。まさに、これが担任の勘違いです。


 なまじ医療が発達し、診断されてしまったばかりにおきる差別ではないかと思います。十数年前なら、ただの癇癪持ちな粗暴な子どもとして、散々説教され、泣かされ、おだてられたことでしょう。しかし、障害名が言い渡されているばかりに、他の子とは一線を画す扱いになります。同じように扱ってもらえない差別です。情緒面で脳の機能に障害があるとされた子どもたちは、もう健常と言われている子どもと同じ扱いをしてもらえないのです。同等の扱いをしようと思えば、それが違う意味で差別になります。


 そんな子どもたちが学校に通う最大の理由は社会性を養うことです。同世代の子どもたちに揉まれ、相手の感情や善悪の判断を知識や習慣として身に刷り込まれることです。しかし、担任に中途半端な知識があるがために、特別扱いされます。というか、特別扱いすることが、学級を成立させるのに手っ取り早く、バランスがとりやすいのでしょう。そんな担任の思いや、本人の信じがたい突飛な行動は、同世代の子どもたち、特に高学年の子どもたちへの「違う人」といった告知になってしまいます、何か育ちますか?もし、後遺障害、反抗挑戦性障害と診断されたならば、はやいうちに専門の指導をうけないと、取り返しがつかなくなります。反面、専門の指導を受けた子どもはその様子が見違えます。遅れていた学習も十分取り戻せます。知能が高く、やればできる子どもが多いのですからあたりまえのことですよね。何が子どものためになるのかを、校長、担任、医師は義理・人情を捨てて保護者に伝え、行動してもらわないといけません。


注;(単にADHDの場合は、手抜きさえしなければ担任一人で十分に対応できる場合がほとんどです。診断され、「自分の躾のせいではなかった」と責任を逃れたと勘違いして放任する保護者への対応がより困難になる場合が多いぐらいです。)


 万が一、極端に口うるさい教員が担任したあげく、厳しく注意され、親から体罰を受け、友達からおそれられたり、総スカンをくらったら、、、犯罪に走ならいのを祈ることしかできません。


「この子は、普通の子ですから普通学級に通わせます。」


「あの子は、ほら(障害があるから)、人を叩いたり蹴ったりしてもしかたがないんだ。わざとじゃないからね。」


つきまとうこういう会話が繰り返し聞かれるようになったら、十分勘違いしていると経験上お伝えしておきます。カウントダウン。もう手遅れです。 

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授業時間 | 2007-02-18(Sun) 00:51:42 | トラックバック:(0) | コメント:(0)
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