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所謂「いじめ」をなくしましょう 3

いやぁ、書きかけて保存して、更に書き足したら駄目ですね!
もいっこ前の記事が実はそうなんですが、はじめに書いていたことと、結論がつながっていない屋や。
ま、それはおいといて、

所謂「いじめ」をなくしましょう 1 のコメントバックを少し書かせてください。

ハルイチさんの

>教師として「絶対許さない」という姿勢を示し続けることが大切だと思います。

そうですよね。そういう感覚というか空気というか、それがないところは、学級が荒れるし、ありえないイジメがうまれますよね。

イジメを無くすためには、担任がかもし出す空気=担任の人格が一番大切だと思います。
我慢しない程度に、自分もそんな空気を出すように頑張ります。みんなも頑張れ。

mido-mamaさんの

>うちの校長先生が、悪さの耐えない子供のお尻をたたいて、
>引きずって連れて行ったんですが、それが問題になり、
>新聞に載ったことがありました。そして謹慎処分。


この校長さん凄いですね。
mido-mamaさんのご家庭では、暴力厳禁の分かりやすい題材になったのでしょうが、
ちょっと現場にいる自分としては学校の混沌を見てしまいました。
校長が表に立って児童・生徒を厳しく指導するってことは、あんまりないことなのですが、
(1)教頭が動いていない。無能管理職。
(2)校長に活気がありすぎて、職員がドン引きしている。
(3)校長が熱すぎて浅はか
(4)自分などが想像できない状態
いずれにせよ、校長が体罰をふるうのは、まずいっでしょ。何やっても誰も話きかなくなりますよね。

校長が学校の大きな進路を決め、教頭がセカセカと我々の仕事に関わってはサポートし、そこそこの議論が生まれて、職員がお互いに協力しあう学校では、子どもたちって、ほのぼのしていますよ。
学校のあり方が、イジメを無くす第一歩じゃないでしょうか。
我慢しない程度に、自分も言いたいことをいっては、周りの職員と協力します。
校長・教頭さんも、主義を曲げない程度に理解があって、サポートしてくれて、しっかり指導してね。当然、言うべきことはきちんと言って、しゃしゃり出ないで担任に言ってくださいな。

あぁ、確かに暴力を肯定したらまずいですよね、
以前、若い頃によく男の子たちに言っていたことがあります。思い起こすと熱くなりそうで恥ずかしいのですが、、、、、、、

「お前らな、将来、自分が愛する人が、大変なことになったり、傷つけられたりしそうになっている、極端に言えば殺されそうになっている、まさにその瞬間に立ち会ったらどうするよ?」

って聞きますよ。そんで続けて、

「自分がすんごく愛する人たちが、誰かに傷つけられそうになっていたら、許せないぞ!俺ならどんな手をつかってでも、椅子でもティッシュの箱でも投げつけて、そいつをやっつけるぞ。放っておいたり、黙ってみてるようなやつは男じゃねぇ。自分の愛する人を守ることができなくてどうするよ」

人生のテーマの「やるときは、やる」の一環なのですが、ちょっと考えてみたら暴力の肯定ですよね。ちょっと、言い方というか、例えがまずいですね。まぁ、そういう機会って、めったにないとは思いますが。


そして、大地さんの

>そもそも、子供の世界に大人が関与しすぎるのが、
>一番の問題だと思いますね~~
>子供は子供同士で解決しなければいけない問題があるでしょう。
>その様な風潮が、現在の大人の無責任さにも繋がっていると思います。


いやぁ、あらためて考えさせられましたよ。
ちょっと、考えをまとめるので、後日、ウップします。
明日、Tシャツを ウニクロに買いに行くのでその後に、
「風の谷のナウシカ 7巻」を読み直してから記事にします。

大地さん、全然無責任発言じゃないですよ。
なんでもかんでも綺麗事、素直な子どもに徳があり、
無菌室のような環境をよしとする最近の風潮にも違和感を感じていたところです。

みなさんも「風の谷のナウシカ」を久しぶりに読みませんか?
あぁ、今日の記事も意味の分からない内容だなぁ。
ダイさんのところにやって来る人たちに見られたら、責められそうだ。




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教職員の服務規程 | 2007-05-23(Wed) 00:00:00 | トラックバック:(0) | コメント:(3)
コメント
ナウシカ面白いですね~~
私はマンガの方が面白いと思うけど、
マイワイフは映画のほうが面白いと言います。あはは~~
コメント欄では書き足らないし、解釈の相違が出てくるだろうから、
「無責任発言」と取られても仕方ないことだと思っていますからね~~爆

前回の件に対して「語るならば」1時間や2時間では足りないと思います。
例えば1時間を文字にするととてつもなく長文になるでしょうし、
その様な文才は私にはありませんから・・泣・・あはは~~

2~3時間語って解決する問題ならば、
別段我々が語らなくても、早々に解決してるでしょうね!
だからこそ、少しでも語る必要はあると思います。
語り合う事によって、色々な人の考え方が見えてくるではありませんか!
否定も肯定もするわけではなく、
素直に取り入れる、その後自身の気持ちがどう動くか?
それこそが語り合う最大の目的だと思います。

正誤が決まっている事に対して、
熱く語り合っていたらその人たちは、ただのアホ!ではないでしょうか?
正誤が付いてないからこそかたるんではないでしょうかね?
相手を尊重して耳を傾けるそこに発展や、進化は有ると思います。

勿論相手を完膚なきまでに叩きのめして、
征服して歴史や文化を作り上げてきたのも、
我々人類ではあるんですがね!!

・・得意の意味不明・・ですか?あはは~~
2007-05-23 水  12:52:22 |  URL | 大地 #z8Ev11P6 [編集]
確かにクラスごとの
雰囲気っていうのはあると思うので
その点に関しては先生の責任?
は大きいと思います。

でも、学校の先生は
ある程度期間の限られた
付き合いしかできないわけで、
その点親の負う責任は
より大きいはず、と思います。

進学校に限らず、
親が子供の成績にしか関心がなく、
しつけとかはほったらかし、
なんてのはよく見かけます。
2007-05-23 水  22:14:52 |  URL | 祐介 #- [編集]
俺がよく思うことは
「この問題は誰との関わりの中で見つめられるべきか?」
ということです。

子どもが本来やるべきことを周囲の大人が取り上げてしまい
さもそれを自分(大人)の手柄のように感じてしまったり
逆に大人が関わってあげるべきことを子どもに押し付けて解決を求めたり
さらには全て大人が解決してあげないとと抱え込みすぎてしまったり。

子どもの年齢と共に大人が関わっていくべき部分が
少しずつ減っていくのでしょう。


それを意識しながら子どもと関わっていると
人格の成長というものが見えてくるような気がします。

「関わることを増やすか減らすか」という視点よりも
「この問題は誰との関わりの中で見つめるべきか?」という視点が大切なんだと思います。
2007-05-24 木  02:35:20 |  URL | ダイ #QnynE5qE [編集]
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